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地球外生命について 神さまを信じてない人に希望がないのは、自分は偶然生まれたと思ってるからなんだと思う。だから、いてもいなくてもいい存在。木も動物もミミズもインフルエンザウイルスも偶然できたと思ってるから。そういう人は、携帯電話も自然に発生すると思ってるかも(笑)。大まじめに、部品のいっぱい載ったプリント基盤を水槽に浸して、突然変異が起きて携帯電話になるのを待ってる人がいるかもしれません。物が生まれるのは、それを作った者がいて、その作者の意思がその作品に込められてるのに。学校で進化論を教えるのは、「あなたは偶然の産物、何の価値もありませんよ」というのと同じだと思う。だから自分でかんばって価値を得なければいけない。価値を自分で獲得できないと思う人は、自殺を考えます。私も以前、自殺を考えたことがあります。作った人はあなたを作る前からあなたの価値を決めてるのに。あなたはそのままで価値があるのに。私は神さまに救われて1年ほどたったとき、「神さまは、宇宙のたくさんの星の中から、この星(地球)を選んで生き物を造られた。だから科学者がどんなに探しても、地球の外には微生物さえいない」と思いました。涙が止まりませんでした。私のこの想像は、小さな女の子とドールハウスをイメージしてるんだと思います。女の子はドールハウスを買ってもらって、ハウスの中に、家具やお人形を、自分の思い通りにセットしていきます。「この子はこの部屋、これはこっち」って。ひと通りセットし終わったら、女の子はそれを見て喜びます。女の子にとって、ドールハウスとその中の物全部は宝物です。神さまの愛は、その女の子の愛だと思ったのです。だから私には、その女の子がそれ以外にもドールハウスをいくつも持ってることが想像できませんでした。またイエスさまが宇宙のあちこちの星に降りて、何度も何度も十字架にかかって死んでくださることも想像できませんでした。だから私は、神さまはこの地球を選んで、生き物を造ってくださったんだとずっと信じているんです。 そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。こうして夕があり、朝があった。第六日。(創世記 1章31節) コメントを読む() |
