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私のうちにある希望 どんな状況に陥っても、失望する必要はないのです。八方塞がりのように見えても、上は開いているのです。最初はそのことを忘れたように、ぐったりすることの多い私だけど、やがて上が開いてることを思い出します。苦しめられても、途方にくれても、罪にまみれることがあっても、私の心はいつでも帰るところがあります。私の羊飼いであるイエスさまのところです。私のことを私よりご存じなイエスさま。だから私のうちにはいつも希望があります。明かりがともっているんです。 私たちは、この望みによって救われているのです。目に見える望みは、望みではありません。だれでも目で見ていることを、どうしてさらに望むでしょう。もしまだ見ていないものを望んでいるのなら、私たちは、忍耐をもって熱心に待ちます。(ローマ人への手紙 8章24-25節) 私の敵。私のことで喜ぶな。私は倒れても起き上がり、やみの中にすわっていても、主が私の光であるからだ。(ミカ書 7章8節) 私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。私たちは、四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方にくれていますが、行きづまることはありません。迫害されていますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。(コリント人への手紙 第二 4章7-9節) コメントを読む() |
