2011年7月17日(日)
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1987年の夏は

こないだ買った「世界の中心で、愛をさけぶ」のサントラCDの中に「1987年、夏」っていう曲があります。「朔と亜紀」と同じくらい好きな曲です。私が「1987年の夏」って言われて一番に思い出すのは、オフコースのコンサートに行ったこと(1987年6月26日)。その後1990年、私は新聞のチラシの中に、白血病の男の子のお母さんの手記を見つけるのです。涙ポロポロしながら読みました。この男の子を助けてあげたい。今考えると、行動力があるというか、どこで調べたのか全然覚えてないのですが、最初、私は「骨髄バンクと患者を結ぶ会」に入りました。そしてその会の情報により「東海骨髄バンク」にドナー登録し、その後、1991年に設立された「日本骨髄バンク」にそのまま移行(ドナー再登録)しました。でもこの行動力の源は、自分の生きる意味を見つけるためだったと思います。誰からも必要とされず、人の役にも立たない私は、骨髄を提供することで、自分の生きる意味や価値を作り出したいと思いました。それから何度か、白血球の型が近い患者さんが現れて、私は白血球の詳しい検査をするために、病院に足を運びました。でも骨髄を提供するまでには至りませんでした。そして1992年、私は神さま(イエスさま)に出会いました。私が何もできなく思えても、誰の役にも立たないと思えても、神さまは「そんなことないよ。あなたはそのままでわたしの愛の対象だよ」って言ってくださいました。神さまが心をこめて私を造ってくださったことも知りました。自分で自分の生きる意味や価値を決めなくてよくなった私は、病気で薬を飲み始めたという理由で、意外にあっさりとドナー登録を取り消すことができました。

主は私を広い所に連れ出し、私を助け出された。主が私を喜びとされたから。(詩篇 18篇19節)

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。(イザヤ書 43章4節)

いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。(ガラテヤ人への手紙 2章20節)

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