2014年12月7日(日)
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主の祈り

きのう夜初めてイエスさまが弟子たちに教えてくださった「主の祈り」を祈ることができました。信仰生活がとても長い私なのに、どうして今まで素直に「主の祈り」を祈れなかったかというと、その中に「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました」という箇所があったから。私は今も少なくとも3人赦せない人がいます。だけどホントは神さまを見上げて、生まれたままのようなきれいな心になって、その人たちのことを赦せたら(気にしないでいられたら)いいのにと思います。WOWOWで放送された「SEKAI NO OWARI」のライブで初めて知った「Never Ending World」。「「人」の「為」と描いて偽りだと僕らはいつでも主張してきた。けれど本当の気持ちはいつだって迷い間違え、とりつくろって偽りから始まるんだ」「もしもソレが嘘や偽りだとしてもソレが「真実」に変わるまで僕らは謳う」。その歌詞に思わず涙が出てしまって、それ以来この曲が好きになりました。そしてきのう「アンが愛した聖書のことば」を読んでたら、「主の祈り」が出てきました。アンは心からの素直な言葉で、「主の祈り」をアレンジして神さまにお祈りします。私も心から素直に「主の祈り」を祈りたいと思いました。そのとき思い出したのが「Never Ending World」のあの歌詞でした。涙がポロポロ出ました。そして聖書を開いて、素直に「主の祈り」を読みました。それは「主の祈り」が私の思いや現実と一致したということではなく、「この祈りのことば通りの私になれますように」っていう神さまへの願いも含んでいました。この祈りが真実に変わる日が来ますように。

『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』[国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン。](マタイの福音書 6章9-13節)

あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。(ピリピ人への手紙 1章6節)

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