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信仰と哲学の違い けさもいつものように歩いて(一駅早歩き)クリニックに行ってきました。「健康のためにできるだけ歩いてください」って先生から言われているので。それできょうは何の話だったか忘れたけど、先生が哲学の権威の人(「先輩」と言っていました)のことを話し出して、「○○さんはクリスチャンでしたね」「はい」「カトリックですか」「いえプロテスタントです」。そのあと先生が何か話して、それに対してわたしがひとこと言った言葉は「信仰は神さまのほうから人間に近づいてくださるものだけど、哲学は人間のほうから神さまに近づこうとするものです」でした。たぶん先生も納得してくれたみたいで、それに対する反論はありませんでした。先生はわたしのこの一週間の病状に対する報告の合い間に、それに関連するいろんな雑談を入れてくるので、わたしも信仰と哲学の話が出てきた経緯をまるで覚えていないのですが(笑)、自分の言った言葉を家に帰って思い出したら涙になりました。 十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、悟りある者の悟りを消し去る」と書いてあるからです。知恵ある者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の論客はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。(コリント人への手紙 第一 1章18-20節)(@新改訳2017) 私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。(ヨハネの手紙 第一 4章10節)(@新改訳2017) コメントを読む() |
