一枚の写真


けさの新聞に、記事とともに一枚の写真が載っていました。その写真は、「日露戦争中に、ある軍艦を修理した造船所」ということでした。海に臨むその造船所。でも私は、その記事を読んだわけでもなく、写真の中の造船所にもまったく興味はありませんでした。ただ、その写真のすみに写っていた、高校生カップルのぎこちない手のつなぎかたを見て、「かわいー」と思って。。。そのとき急に、昔のある出来事を思い出したのでした。


「やだー、またこんな時間だぁ」「あんたがぐずぐずしてるからでしょ。」「えーお父さん、トイレー?」「先に身支度してなさい」「もうごはんいらない」「どうして毎日毎日まゆはこーなの?まなみちゃんなんて、とっくに出かけちゃったわよ。いつもニコニコして、おかあさんにあいさつしてくれるよ」「うるさいなーもう・・」きょうは急いで行く気力ないよ。。遅刻してもいいよ。。

きのう朝、いつものように、ギリギリに教室にすべりこんだら、ミカに小声で言われました。「ねーねー、まゆち(当時の私のニックネーム)、朝教室来たらねー、・・後ろの黒板に、”川野(私の名字)は男ぐせが悪い”って書いてあったよ。あたし消したけど・・」「えー何それー・・」体がすくむような感じでした。「別にそんなことないよねー。つき合ってる人もいないもんねー」うなずくのがやっとでした。1時間目終わったとき、「ねーミカ、ちょっと来て」って言って立ち上がったら、足がすくんで、めまいしてる感じ。やっとの思いで教室出て、廊下の柱のかげで声を殺して泣きじゃくりました。

「川野は男ぐせが悪い」・・・誰が書いたんだろう。私は、人の中傷で自分がこんなにショックを受けるなんて、想像してなかった。芸能界なんて日常茶飯事だし、私も軽い気持ちで「えー、あの人キラーイ」とかよく言ってたけど・・。

じつは先週、クラスメートのKくんに告白されたんだ。Kくんは明るくてひょうきんぽくて、友達は多い感じ。でも、私は、好きでもなんでもなくて、映画誘われたけど、迷ったあげく、断った。私はじつは好きな男の子がいたし。そのときはまだおつき合いしてなかったけど。。だから、ミカに黒板のらくがきのこと聞かされたあと、最初に思ったのは、Kくんのことでした。でも確信はなかった。クラスメートのどの顔を見ても、「ひょっとしたらこの人かも」とか思ってました。

自転車置き場に自転車をとめて時計を見ました。「おはよう」振り向くとYくんでした。「あーおはよー」情けない声で私が言うと、「もう無理だよ。ゆっくり行こう」そのときちょうど、チャイムが鳴りました。Yくんも「すべりこみ常習犯」なのです。自転車置き場から教室までは遠くて、全速力で走ったとしても、2分はかかるから。

「きのうのさ、・・黒板のらくがきのこと、・・聞いた?」「え・・うん」急に泣きそうな気分になって立ち止まった私。「オレ、犯人知ってるんだ・・。」「え・・誰?」「Kだよ」「・・・」さすがにKくんに映画に誘われて断ったことは言えませんでした。「オレ、みんなに話して誤解といてやるよ」「・・ありがとう」「これからどうする?教室・・行ける?」「え、うん。・・私、そんなに弱くないから」

Yくんの優しさはうれしかった。席替えで偶然Yくんと隣合わせになったことも重なって、そのころからYくんとよく話すようになりました。相変わらず2人とも朝遅くて、いっしょに教室にすべりこんだり。しーんとした授業中聞きたいことがあって、紙切れに用件書いて、Yくんに渡したりしたこともありました。でも私は、「Yくんが好き」っていうのとは違うと思っていました。

ある日の放課後、次の日の数学の時間に私は黒板で問題を解かなきゃいけなくて、Yくんに教えてもらっていました(Yくんは理系)。そして何の話をしてたのか忘れたけど、私が笑って廊下のほうを見たら、隣のクラスのOくんと目が合ったのでした。おしゃべりで有名なOくん。そのとき私は一抹の不安が胸をよぎりました。それで、急にぎこちなくなって、Yくんに「Oくんが見てた。・・もし、へんなうわさ立てられたら、ごめんね」って言いました。「男ぐせが悪い」っていう言葉がよみがえってきました。こういうのも、他人が見たら「男ぐせが悪い」って思うんだろうか・・。その日から、Yくんとは意識して、あまり話さないようにしました。

やはり、しばらくたって、教室がすごく離れてるB組のテニスでいっしょの子が「まゆち、Yくんに乗り換えたのー?」ってやってきました。その子には、私の好きな人のこと話してたから。「えーちがうよ」あわてて否定しました。。。

3学期の期末試験の2日めのことでした。その日の試験が全部終わったとき、Yくんが私のところにやってきました。あれから席も離ればなれになって、Yくんと話すのは久しぶりでした。「話したいことあるんだけど、・・テニスコートのそばの鳥居のところに来てくれない?」「え・・うん。いいよ」話したいことの内容は、だいたい想像つきました。

Yくんと待ち合わせ

霧雨が上がったばかりの山すそはもやでけむっていました。神社の境内にも、そばのテニスコートにも、人影はまったくありませんでした。私は、半年もたたないうちに、また男の子をふってしまうんだって思った。Yくんを前にして、うつむいたままでした。「ごめん。好きな人いるから・・」今度は迷うことなく言えました。Yくんと私の話してたシーンが次々と脳裏に浮かんできました。「私のこと、・・やっぱり男ぐせの悪い女だと思った・・?」私は悪いことなんか何もしていないと思った。しゃくり上げていました。。

Yくんは、Kくんのことが頭にあったのか、「そんなこと思うわけないじゃん」って言いました。「やっぱり・・うわさ立てられたね。・・ごめんね」私が鼻をすすりながら言ったら、「ううん。全然気にしてないよ。逆にうれしかった」「え、何で?」私が少し笑ったら、「だってオレ、川野のこと好きだもん」私はなんて顔していいかわかんなくて、また少し笑ってごまかした。。

Yくんは「もうあきらめるよ。話しかけたりもしない」って言いました。「だから・・」「え?」「だから・・手握ってもいいかなぁ?」私は「えー」って思わず手を後ろにやりました。「ダメ?」「えー恥ずかしい」「ダメならいいよ、別に・・」少し沈黙あってから、私は決心して、息だけで「はい」って言って、右手を前に出しました。Yくんは照れたように、私の右手を握りました。寒い日だったのに、Yくんの手って、とてもあったかかった。。


それから2ヶ月後、私は、同じテニス部のMくんとおつき合いするようになりました。17年間生きてきて、初めての男の子とのおつき合いでした。でもなぜか、今でも、きれいな思い出としてよみがえってくるのは、Yくんと神社の境内にいたあの情景なのです。


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