
| ホーム > メニュー > 徒然なるままに > 2014年の日記一覧 |
|
神さまがなさること 「善を行なって、愚かな人々の無知の口を封じること」(1ペテロ2:15)、すなわち「私がアパートの前の道を掃除してて、掃除の最中に私と関係の悪い人(こちらに少し書いてます)に会ったら、関係の悪い人は私の悪口は言えないはず(負けたと思うかも)、関係の悪い人は外の掃除ぜんぜんしないんだから」っていう思いを、いつも心のどこかに持っていたと思います。そして上の部屋(関係が悪い人の部屋)で悪口を言ってるような話し声が聞こえると、いつも苦しくなって、体調が悪くなっていました。きょうも悪口を言ってるような声が聞こえて、「さっき(彼女が)出かけたとき、前の道がきれいだったから、私のこと思い出して悪口を言ってるんだ」と思ってしまって、すがるように「キリストの平和教会」のきょうの礼拝メッセージを聴いたら、涙ポロポロしゃくりあげてしまいました。そのあと神さまにお祈りしてたとき、神さまがなさることを私自身でやろうとしてたことに気づきました。口を封じるのは私ではなく神さまだよ。わかってたはずなのに。私はただ「いつも通り」掃除するだけ。あとは神さまがみこころを行なってくださるんだと思いました。きれいな心になりたいです。 キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです。(ペテロの手紙 第一 2章22-25節) というのは、善を行なって、愚かな人々の無知の口を封じることは、神のみこころだからです。(ペテロの手紙 第一 2章15節) コメントを読む() |
