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| 先週(→ 「散歩 2021年1月22日」)に引き続き太宰治の文学散歩(笑)です。太宰治が船橋時代に出版した短編集「晩年」の口絵写真に使われている自身の写真は、この神社で撮影されたようです。 |

| 鳥居の中央にはちゃんと「御蔵稲荷神社」と書かれています。盲腸炎の手術後の療養のために船橋に引っ越した太宰だけど、手術後の痛みを抑えるために使っていたパビナール(麻薬性鎮痛剤)依存(中毒)がひどくなり、東京の武蔵野病院に強制入院させられることになり、船橋を離れることになるのです。 |

| 太宰がパビナールを買うために通ってた川奈部薬局は現在もあります(宮本6丁目)。わたしも(同じ宮本6丁目にある)寺田医院(耳鼻咽喉科)にかかったとき、処方箋を川奈部薬局に持って行ってお薬をもらいました。 |

| 太宰はこの神社にお参りすることが心の慰めだったようで、よく通ってたそうです。 |

| だから「晩年」の口絵写真にもこの神社で撮った写真を使ったんだと思います。 |

| このころの太宰はまだ聖書のことは何一つ知りませんでした。 |

| 太宰が聖書のことばに触れるようになるのは、船橋を離れてからでした。 |

| 同じ武蔵野病院に入院していた人から新約聖書の解説書を借りて、入院中は聖書だけ読んでいたそうです。 |

| 友達にクリスチャンもいて、その人から塚本虎二による雑誌「聖書知識」も借りて読んでいました。 |

| 太宰は明らかにイエスさま(神さま)を求めていたとわたしは思います。 |

| 船橋時代の太宰はあの赤と白の紐を引っ張って、鈴をガラガラ鳴らしていたんでしょうか。 |

| 御蔵稲荷神社の右隣りは何と公園になっていました。 |

| 本町中央公園だって。Googleマップ見てたけど気づきませんでした。 |

| 「歴史の散歩道コース」の看板がありました。太宰治については夾竹桃のことが書かれていただけ。 |

| 「船橋御殿跡」の看板もありました。江戸時代のことだって。 |

| 公園にお約束の水飲み場。 |

| 天沼弁天池公園(→ こちら)の入り口にあったブロンズ像とよく似てる。作者は同じ人なのかな。 |

| 梅がもう咲いてました。きょうは真っ青な空。 |

| 公園の一角が梅の林みたいになってました。 |

| 公園の奥に歩いていきます。 |

| ベンチや砂場や滑り台がありました。ハトさんもそばに寄ってきてくれました。 |

| やだもうこんな時間。早くクリニックに行かなくちゃ。 |

| 帰り際に見つけた花壇です。花がいっぱい咲いてます。 |
